出汁の伝道師になろう!
なぜ、広報活動を開始するのか?
Dashi Corporationは、資本金1,000万円、従業員数はグループ全体で40名前後である。経済産業省の産業競争力強化法に基づけば、資本金や従業員数から中小企業に定義される。また、B to B、企業間取引に特化している。
このクラスのB to B企業の場合、多くは広報活動に力を入れない。取引相手がほぼ決まっており、その重要性は高くはない。また、人材や資金、時間といったリソースも限られている。それなのになぜ、Dashi Corporationは広報活動を開始するのだろうか?
「私たちは“Dashi”を世界語にすることをミッションに掲げています」と水野社長は言う。
「世界語にするためには、まず出汁とはどういうものなのか、世界中の方々に知っていただく必要がありますよね。しかしながら日本人でさえ出汁とは何か、どんな種類があり、どんな手順でつくり、料理にどんな役割を果たしているのか、理解していない方もおられます。
私は大学でも教えていますが、多くの学生たちは鰹節を知りません。見たこともない。ただ、削られた花かつおは知っていて、なかには花かつおの状態で海藻のように海に生えていると思っている人もいました。
ですから、出汁を知っていただくために、自ら定期的に発信し、啓蒙することが必要だと強く感じました」
「広報活動を通じ、出汁の魅力を世界に発信できる企業を目指す」とも。また、「お世話になっている枕崎市、本庄市のアピールを行うとともに、枕崎産鰹節のブランド化に努める」そうだ。
家庭用商品の開発もスタート
さらに水野社長は続ける。
「5カ年中期経営計画のなかで、行動戦略の一つにB to C、コンシュマー向けビジネスの開始があります。出汁由来の家庭用商品を開発し、出汁の素晴らしさをご家庭に届け、出汁の認知度向上を目指しています」
それには「会社の知名度を上げ、いい人材を獲得する狙いもある」そうだ。広報担当に抜擢されたのは、中途入社して1年に満たない営業本部の矢田亜紀穂だった。
「これからのDashi Corporationは、彼女のような若い世代が中心になります。もちろん、今はまだ若さゆえの至らないところもありますが、それを打ち消すほどの輝く部分がある。長所を伸ばし、短所を少しずつ改めれば、すごい人材になる可能性を秘めています。
営業畑にいて今までは売ることに専念していましたが、それ以外の仕事も学んでほしいと思いました。たとえば彼女が将来、社長候補になった時。営業経験しかなく、仕掛けや仕組み、マネジメントなど、社内外のいろんなことを熟知していなければ、おそらくなれないと僕は思います。
僕も前職でいろいろな新規プロジェクトに関わった経験があります。今回の広報のような新規プロジェクトを成功させるには、強いリーダーシップを持った人間が周囲を巻き込んで引っ張っていく力が欠かせません。適任は誰だろうと考えた時、浮かんだのは矢田さんのバイタリティでした。
営業としては文句の付け所がないほど優秀でしたので、今度は広報の仕事を通してその他の部分のスキルを身に着けてほしいと思い、彼女を指名しました」
今、矢田さんを中心に、SNSや取材の企画、家庭用商品の開発が動き始めた。お届けできる日もそう遠くはないはずだ。
広報活動は上場への布石でも
2024年6月に開催した「経営方針発表会」では、Dashi Corporation株式会社に社名変更することが初めて公になった。「イズミ食品株式会社50周年誌」が配布され、そこで明らかになったことがもう一つある。上場を目指すことだ。
2015年にイズミ食品に転職すると決断した時、水野の脳裏のロードマップにはすでにそのことが描かれていたはずだ。2023年に行われたインタビューでは次のように回答している。
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——最終的には上場を目指しているのですか?
「はい。初めて公にしますが、目指しています。一方で、上場することがゴールとは思っていません。上場は、枕崎の鰹節を世界に広めるための手段です。そのためには、やはり世界でのプレゼンス——存在感や影響力を上げなければならないですし、信用度も上げる必要があります。上場は、そのための最も手っ取り早いツールです。
もちろん資金調達面ですとか上場するメリットは他にもありますが、世界に目を向けてビジネスを絵空事でなく現実として考えた時、海外の企業から信頼を得られるスピードが違います。そして相手は一カ国だけではありませんので、我々は優秀な人材をさらに集める必要があります。上場することで知名度や信用力が高まり、優秀な人材を確保しやすくなります。従業員にとっても、求職者から見ても、上場していることは安心感が違いますよね」
——目標としては何年後に上場するお考えでしょうか?
「2030年を一つの目標にしていますが、もう少し先になるかもしれません。役員会のなかでは「2030年の上場を目指す」という共通認識を持ち、すでに動き出しています。そしてこの『50周年誌』を通して、従業員はもちろん、すべてのステークホルダーに本メッセージを正式にお伝えいたします」
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公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会のサイトによれば、2023年6月に、日本広報学会では、次のような「広報」の定義を発表した。
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「組織や個人が、目的達成や課題解決のために、多様なステークホルダーとの双方向コミュニケーションによって、社会的に望ましい関係を構築・維持する経営機能である。」
つまり広報・パブリックリレーションズは、“関係性の構築・維持のマネジメント”である。企業・行政機関など、さまざまな社会的組織がステークホルダー(利害関係者)と双方向のコミュニケーションを行い、組織内に情報をフィードバックして自己修正を図りつつ、良い関係を構築し、継続していくマネジメントだといえる。
企業を取り巻くステークホルダーには、消費者、株主・投資家、従業員のほか、行政機関や金融機関、地域住民や取引先などがある。消費者への製品情報から従業員向けの社内広報、株主・投資家向けのIR(Investor Relations)まで、さまざまなステークホルダーと情報を共有し、相互の信頼関係を構築することが求められているのである。
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2030年の上場を見据えた時、今後の広報活動の果たすべき役割は大きい。