第4回:出汁の未来

これから
ますます淡味の時代へ。

甘味(Sweetness)、
塩味(Saltiness)、
酸味(Sourness)、
そして苦味(Bitterness)。

これら基本四味に加え、20世紀初頭に<うま味>という存在を発見し、第五の味覚として提起したのが日本人だったことをご存じでしょうか。
(https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/17/3.html)

その後、<うま味>という味覚は、1980年代に開催された国際学会を経て、“Umami”という表記で次第に認識されるようになり、昨今では日本ブームや和食ブームと相まって、多くの国々で使用されるようになってきています。

“Umami”を象徴する日本食は? と聞かれたら、多くの方は出汁と答えるのではないでしょうか。さらには、「日本の出汁は“Umami”」だと、アメリカやヨーロッパに向けてアピールしようとするような動きもあるようです。

ところが、和食料理人の野﨑洋光さんは「日本の出汁のアピールポイントは、果たしてうま味でしょうか」と納得がいかないご様子。

「知っているようで知らない出汁の世界」。第4回は、これからどんな出汁が求められるようになるのか、お伺いしました。

野﨑洋光

◉ 野﨑洋光:Profile

のざき ひろみつ 1953年福島県石川郡古殿町に生まれる。武蔵野栄養専門学校卒業後、東京グランドホテルの和食部に入社。5年間の修行を経て八芳園に入る。1980年に東京・西麻布の「とく山」料理長に就任。1989年に南麻布「分とく山」を開店、永年にわたり総料理長を務め、2023年末に勇退。また、書籍、テレビなど各種メディアを通して、調理科学、栄養学をふまえた理論的な料理法に基づくわかりやすい和食を提唱。著作多数。

◉ 西洋料理にも中国料理にも
  出汁はあり、うま味がある。

「もちろん、日本の出汁には、うま味があります」と断わったうえで、野﨑さんは続けます。

「けれど、うま味に関していえば、西洋出汁であるフレンチのブイヨンや、中華出汁である中国料理の湯(タン)ほうが強いですよね」と。

出汁とは、何か? 連載第2回目に定義した、天然素材の持つ<うま味>成分を溶出させた汁で、料理全体の味を引き立てるもの、と言えます。

ではうま味とは、何か? 

食品に含まれるグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸にナトリウムやカリウムなどのイオンが結合した塩類(グルタミン酸ナトリウムなど)によって生じる味覚であり、料理の深みやコクを引き出す重要な要素と定義できます。

野﨑さんは、簡潔に補足します。「アミノ酸ですよ。酸っぱさを感じない酸、それがうま味です」

グルタミン酸が含まれる食材としては昆布がよく知られていますが、玉葱や人参、セロリといった西洋野菜にも、長ネギや白菜といった中国料理でよく使用される野菜にも含まれています。

同じようにイノシン酸は鰹やイワシなどの魚類だけでなく鶏肉や豚肉、牛肉にも。またグアニル酸は干し椎茸に含まれますが、西洋料理で使われるドライトマトにも含まれています。

そして、グルタミン酸の昆布とイノシン酸の鰹節を合わせて一番出汁を取るように、これらは組み合わせることで、うま味が飛躍的に増すという相乗効果もあります。

さらに西洋のブイヨンや中華の湯には、日本の出汁よりも各種アミノ酸が数多く含まれており、より複雑な味、いわば強さを持っています。

出汁やうま味は、日本料理の専売特許ではありません。それらは西洋料理にも中国料理にもあり、しかも和食にはない強さを秘めています。

だから差別化ポイントにはならない、と野﨑さんは捉えているのでしょう。では、何をアピールすべきでしょうか?



◉ きちんと取った
  淡味の出汁は、癒しにもなる。

「西洋料理や中国料理の出汁は、肉や骨、あるいは魚やあらなどを用い、香味野菜などを加えて、水から長時間煮込んで出汁を取ります。その出汁は、日本の出汁と比較すると、色が濃く、味も濃いものです。時には油脂が浮くこともあります」

「一方、日本の出汁は、長時間煮込む必要はありません。僕の場合は、お湯に鰹節と昆布を入れて1分です。ほとんど色を感じず、澄んでいて、綺麗です。口に含むとスーッとからだに入ってきます。味わいがあり、その余韻は深く残ります。それは<淡味>(たんみ)と呼ばれるものです」

淡味。聞き慣れない言葉かもしれませんが、それはうま味の発見よりもさらに遡ること約300年前、慶長9(1604)年、布教のため来日したポルトガル人宣教師によって編纂された『日葡辞書』にも収録されている日本古来からある言葉です。(https://kotobank.jp/word/淡味-564770)

この淡味を、曹洞宗の精進料理を紹介するサイトでは、次のように説明しています。
出典:曹洞宗ウェブサイト(https://www.sotozen-net.or.jp/)
「精進料理の味とは」ページより(https://www.sotozen-net.or.jp/zen/cooking/taste)

——「曹洞宗の精進料理では六つ目の味、『淡味』を重視します。淡味の解釈はさまざまですが、ここでは『素材そのものの持ち味』としましょう」

「単なる『薄味』と『淡味』はまるで異なります。それは過剰に味を付け足すことでもなく、また何もしないことでもありません。また、淡味は苦、酢、甘、辛、塩のように個別で具体的な味というわけではありません」

そして「素材の素晴らしい個性を引き出すために、必要かつ適切な調理をほどこす過程自体も『淡味』と呼ぶことがあります」と付け加えています。

淡味とは、薄口のことではない。淡い味だが、奥行きがあり、うま味がしっかり効いている味わいをイメージしていただければよろしいのではないかと思います。

野﨑さんは「多くの製品が、うま味や出汁と称して味を強くし過ぎている」と案じています。「濃い味がダメとは言いませんが、あまりにも味が強すぎる製品が多いと思います。あんなに濃くなくてもいい」

「きちんと取った淡味の出汁は、おいしいだけでなく、飲んでいて気持ちがよく、癒しにもなるはずです」

◉ うま味のその先へ。

五味五色という料理用語があります。

そもそもは陰陽五行説に由来する言葉ですが、この五味の部分を、日本では冒頭に触れた基本味覚——甘味・塩味・酸味・苦味・うま味の五つの味覚を指すことが多いようです。

一方、上記の曹洞宗のサイトでは、おそらく成立した時代が違うからだと思われますが、うま味が入っておらず辛味が入っています。

また、渋味や、最近では脂肪味を付け加える方もいます。辛味や渋味は味覚というよりも痛覚ではないかという人もいます。

そして野﨑さんは基本五味に淡味、辛味、渋味を加え、さらに大切な、忘れてはならない味があると言います。

それは「人間味」だと。

「たとえば、夫や子供の体調がすぐれない日、お母さんは『まずは消化しやすいものを』とか『何か元気のつくものを』と考え、腕をふるいますよね。

人間味は、目的に応じた味と言いますか、食べる人のことを思う気持ちが、料理する人の味となってあらわれます」

日本政府観光局の発表によると、2025年4月の訪日外客数の推計値は390万人を突破しました。単月として過去最高を更新しそうです。

訪日外国人観光客が日本の良さとしてまず挙げるのが、街の清潔さや正確な公共交通機関、礼儀正しい国民性です。そして文化や自然、食べ物も日本独自だと高く評価しています。

農林水産省では、「日本料理に大切な五法・五味・五色・五感」と題し、次のように記事を結んでいます。
出典:農林水産省ウェブサイト(https://www.maff.go.jp/j//yusyutu_kokusai/washoku-world-challenge/learning_04)

——料理を作る者は、色々な事を考えそして、料理を創りあげることが大切です。料理を創るとは、いかに食べ手側の思いを読んで作り上げるということであり、日本の「おもてなし」と言えるのです。

淡味、そして人間味の時代へ。次回は本連載の最終回となります。「出汁の実践。おいしい出汁の取り方」をレクチャーします。

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